さて、明知に着いてどう回ろうか、手っ取り早く駅で貰ってきた案内地図を片手に

八王子神社へDSC_0586社紋:丸に引き両

社伝によると、創建は天歴三年(949年)天照大御神の子8柱を御際神として勧進したのが始まりと伝えられています。最盛期は明知・串原・高波・浅谷など二千石の社領を擁していたそうです。
天正二年(1574年)武田勢により明知城とともに消失。慶長八年(1603年)当時の領主遠山家十三代利景により明知城が再興され、当社も寛永十四年(1637年)旗本遠山勘左衛門(あるいは地頭遠山藤四郎)により再興。延宝四年の記録に、二十か村二十六の神社が当社の末社であったという。
明治六年郷社に列格。

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階段を登って本殿へ


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現在の社殿は、延宝四年(1678年)領主遠山半九郎伊吹による造営で、県の重要文化財に指定されている。

社殿の左手前に伝明智光秀お手植えの楓と伝光秀建立の柿本人麻呂社がある。
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県の重要文化財。

社殿左手奥にご神木の大榎があります。
恵那の地名は古事記によれば、天照大神の胞衣(えな)を納めた山が始まりとされているそうです。

お参りを済ませて
龍護寺へ
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旗本明知遠山家の菩提寺です。
開基は遠山利景 創建:慶長元年(1596年)

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本殿左手に鐘楼。
さらに左手に行くとDSC_0598
累代領主の墓所
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正面の廟に遠山の金さんこと遠山影元も合祀されていると伝えられている。
向かって右手に一代から七代の墓碑、左手に八代から十代の墓碑。
十一代影高の墓碑は東京にある。もちろん金さんのお墓も東京ね。

ここにはもう一つ廟があるんです。
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明知遠山家と明智氏の関係図。

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ちょっと吃驚したのは「御霊廟」に赤字で「おはか」とふってありましたね( ゚Д゚)

つづく👍